専任講師 迫 桂
研究領域 : 英語英米文学(20世紀後半以降のイギリス小説)
「言葉」というものに、子どもの頃から興味がありました。葉に触れる感覚、机を叩いたときの音、「木が目の前に存在している」という物質世界を認識する感じ。そうした、私たちが「現実」と感じているものは、言語にどう表されるのか、と。一方で、異なる文化・世界を知りたいという願望が強く、よく地図を眺めて見知らぬ地を想像していました。そんな私が、言葉と外国、2つの興味を満たすものとして心引かれたのが、イギリス文学だったのです。
私が特に関心をもったのはリアリズム小説でした。一般的にリアリズム小説は、現実を詳細に客観的に描くタイプの小説だとされていますが、その形式や手法、根底にある価値観や歴史的な成立過程について多様な議論が行われてきました。
私が研究対象とする20世紀後半以降のイギリス文学は、時代の流れと相まって、伝統的なリアリズム小説を見直す動きが特に強くなります。中でもA・S・バイヤットという作家の作品には、私が子どもの頃から興味を抱いていた「現実を言葉にする」ことに対する意識が強く表れていました。さらにこれが、自分とは異なる存在を尊重し、言葉で誠実に描くという倫理的な問題としても捉えられていることに気づき、研究成果を博士論文にまとめました。現在は、海外移住、在留、移動の経験をテーマにした文学に関心があります。全く異なる研究のように思われるかもしれませんが、自分と異なる存在との出会いをいかに経験し、表現するか、という点は共通しているのです。
慶應大学経済学部では、1、2年生が学ぶ日吉キャンパスで英語を専門に教えています。経済学部の英語の授業は、「英語を学ぶ」のではなく「英語で学び、考える」という視点でデザインされています。例えば一年生の春学期に履修する「Study Skills」では、分析的に読み、論理的に議論を組み立て、それを効果的に表現する力を伸ばすことを目指しています。このように英語の枠を超え、大学の外でも役に立つ実践的スキルを身につけられるのは経済学部の英語プログラムの強みだと思います。
日吉キャンパスの学生たちと同じ時期の自分のことを思い起こせば、いざ「興味のある問題を見つけてとことん追究しなさい」などと言われたところで、問題をどうやって見つければいいのかに悩む日々でした。そうした私自身の経験を踏まえ、担当する英語セミナーでは、どうやって問題を見い出し考察していくかをトレーニングすることに力を入れています。例えば、映画や広告を見るときに、歴史的・政治的背景を踏まえて分析すると、別の捉え方ができるかもしれない。「当然」とされている事柄を一歩離れたところから見る姿勢を大学の早い時期から身に付けていれば、問題を見つけることはもちろん、考察する力も養われるはずです。
慶應義塾大学には学びと出会いの機会があふれています。開講されている授業科目の多様性、さまざまなプログラムやプロジェクト、最新の学習施設や研究所、これほど恵まれた大学環境はめったにないものです。好奇心を刺激するものが多くて目移りしてしまうくらいではないでしょうか。
経済学部の学生たちは、将来の進路についての意識が高く、大学生活への期待も大きいと思います。しかし、入学したばかりの時期は、やりたいことが定まっていない人が大半なのですから、焦ることはありません。まずは、問題の見つけ方から覚えていけばいい。例えるならそれは、自転車の乗り方を覚えるのと同じです。自転車に乗れるようになれば、自分の力でいろいろなところに行くことができます。その分、視野も体験できることも広がります。
やりたいことが定まるまでは、将来への選択肢と可能性をできるだけ増やすことを心がけ、好奇心のアンテナを常に大きく広げておく。試行錯誤しつつも、今という時間を丁寧に生きながら、自分で考えて何かを選択する力を身に付けていって欲しいと思っています。
(2009年5月28日取材)
※プロフィール・職位はインタビュー当時のものです。
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