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教授 清水 雅彦
研究領域 : 経済統計、計量経済学、産業連関分析、産業構造論

さまざまな「人」と「学問的知識」との、
出会いの場。

フィクションではなく、現実社会を読み解く。

私の研究者としての活動の関心は、経済学を単に理論として捉えることではなく、経済学の理論が現実に対応しているか、現実を説明する能力のある経済理論とはどのようなものか、という点に当てられてきました。経済学の理論は、一種のフィクションと考えることができます。そのフィクションと社会の現実とを照らし合わせる作業を通して、経済学の現実妥当性を点検するわけです。これは、理論の内部の整合性のみを追究してきた経済学の方法論とは、大きく異なります。

それでは、何をもって「現実」と呼ぶことができるのか。そこに、私が長年かかわってきた、「経済統計」の作られ方に関わる課題が浮上します。現実の経済社会がどのような仕組みで動いているかを読み解くためには、社会の中で起こる現象を適切な方法で観測し、観測値(オブザベーション)を得た上で、それを、何らかの手法により総合化し、数値指標に取りまとめる必要があります。そこで得られる数値が経済統計です。観測値から得られた経済統計を「現実」とすれば、その現実は、統計を作る際の根拠として利用する経済理論に依存して、さまざまな値をとりうるのです。したがって、統計を作る作業とは、現実と理論の関係を常に見直すプロセスにならざるを得ません。

もちろん、現実を理解するこということは、現実をただ容認することではありません。統計から見て取れる現実を経済理論と照らし合わせる作業を通じ、現実社会に潜んでいる問題を明らかにし、望ましくない点があれば、解決したり除去したりすることが必要です。それが、経済システムにおける政策のあり方を考えるということなのです。我々が経済学を学ぶ際の最終的な目標は、社会システムとしての経済が望ましい方向に動くために、どのような政策を立案すべきか、という点にあるはずです。その政策とは、単なるフィクションではなく、現実に経済社会を変え得るものでなければなりません。

もちろん、一人の研究者がすべての問題の分析まで手を広げ、解決策に到達し、現実社会を変えていくことは不可能です。それでも私は、研究者である自分が持たない現実社会での問題解決の経験を、かつて教室で出会った卒業生諸君の社会的経験を通して学んできたのです。

学生諸君から学び、そして伝えてきた40年。

40年近い研究生活および教育活動を振り返り、特に強調しておきたいことは、さまざまな人との出会い、そして学問的知識との遭遇があったことです。人との出会いというときの「人」の中には、私が教室で教えた学生諸君があり、研究面では私が学んだ先輩、先生方がいます。そういった多くの人々との出会いが、大変豊かな人生、そして研究生活をつくり上げてくれたと感謝しています。

研究者である私が、学生との出会いから多くの経験を手にすることができる、ということは、一見、不可思議なことかもしれません。しかし実は、私と学生との関わりは、卒業生を送り出すことをもって終わるわけではありません。学生諸君は、私とは違い実社会に出ます。社会に出て、解決すべき社会の矛盾や経済的問題に直面しています。問題を解決することは、社会で仕事をする場合、常に求められているのです。

社会や経済が望ましい方向に導くために何をすべきか。実社会でその問いに直面した経験を持たない自分が、かつて教えた卒業生諸君の社会的経験を通して学ぶことができるということは、私にとって大きな幸せです。そして、卒業生諸君から学んだことを、個人的な満足に置き換えて済ませるのではなく、それをまた次の世代の学生諸君に教育の場で伝えていくこと。それが、活字から得られる知識以上に重要だと思います。

このように、「学生」という名の人々との出会いを40年間繰り返してきたことが、私にとってなにより貴重な財産です。

教養としての経済学を体得すること。

大学の4年間を経済学部で学ぶということは、専門的な学問知識ではく、大きな教養の固まりを身に付けるということです。教養としての経済学を学ぶということは、社会の仕組みを知ること。その仕組みの中で、自分はどのような生き方をするかを考える。つまり、生き方を選ぶ基礎として教養を学ぶのです。

教養としての経済学から見えるもう一つのことは、望ましい社会はどうあらねばならないか、ということです。そして必然的に、その中に生きる人間とはどうあるべきかも、教養としての経済学は考えざるを得ない、そういう学問だと思います。

こうした観点から見ると、経済学は実にいろいろなことを教えてくれます。そして、現実社会の様々な側面について、どこに問題があるか、それはなぜ問題なのか、教えてくれます。 私自身がとらえ捉えている慶應の伝統、すなわち「独立自尊」とは、社会の中でどう自分の立ち位置を決めるか、他者の振る舞いをコントロールする立場に立たず、自分自身の自尊心を保持しながら、自分がいかに社会に貢献するか、ということを考えることだと思います。私は、そのような姿勢で考える人々が社会に増えたときに、社会全体がより望ましい状態に移行すると考えています。そのような人間になるために、学生諸君には大きな教養としての経済学を体得してもらいたいと期待しています。

(2009年1月13日取材)

※プロフィール・職位はインタビュー当時のものです。

プロフィール

1968年
慶應義塾大学経済学部卒業
1973年
同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学
1988年
経済学部教授・研究科委員
1997〜
1999年
慶應義塾大学産業研究所所長
1999〜
2001年
経済学部長
2001〜
2005年
学校法人慶應義塾常任理事
2001〜
2007年
統計審議会委員
2004〜
2006年
環太平洋産業連関分析学会(PAPAIOS)会長

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