2003年4月12日

新ゼミナール生へのメッセージ

山口光恒

 現在日本は戦後経験したことのない長期停滞状況にある。この原因については各方面で語られており、ここで付け加えることはない。ただ、その底流にあるものは社会・経済・政治システムであるという点については異存のないところと思う。痛みは伴ってもこのシステムは変えねばならない。こうした中で学生諸君は4年間の勉学を経て社会に巣立っていくわけである。社会は若い諸君のパワーに期待を寄せている。このような状況で諸君は後2年間でどのような能力を身につけなければならないのか。

 社会が諸君に期待し、小生が諸君に期待する能力は「自分で考える力」とそれに基づく「創造力(creativity)」、それに「情熱」である。もちろん大学であるので知識の習得は当然であるし、物事を正しく理解することがその前提になることはいうまでもない。しかしこれだけでは所謂「成績の良い学生」で終わってしまう。一般に大学の成績は記憶力(知識の習得)と理解力(講義の内容を理解し、それを試験で再現する能力)で左右される。これさえ優れていればかなり上位の成績を収めることはそれほど困難ではない。しかしこれは人間の能力のごく一部である点を忘れてはならない。ここで欠けているのは自分で考えることによる問題発見能力とその解決である。残念ながら今の大学教育においてこの点はゼミナール活動を通してしか十分な教育が出来ない状況である。小生のゼミナールでの2年間を通して問題を発見しそれを解決する能力の涵養に全力を尽くすつもりであるので、諸君も良くその期待に応えてもらいたい。

 それでは問題を自ら発見するにはどうするか。これは自分で考える以外にない。そもそも大学は物事の考え方を身につける場所である。これは諸君が日頃の勉強を通して生じる疑問につき自分で考え、人の話を聞き、文献を読むことで自然に身に付く。講義で聞いたことを理解して試験に臨むという程度では到底この段階に達しない。もっと突っ込んで考える必要がある。この延長線上にあるのが「創造力」である。創造力とは読んで字のごとく新たに何かを作り出すことである。前例のない中で自分で必死に考え従来と異なることを考え出す能力である。この能力は日頃からある問題につき朝起きてから夜寝るまでの間、常に念頭から去らないというくらい、考えに考え抜かない限り身に付かないものである。

 しかしどんなに諸君が創造力を発揮して新しい考えを打ち出しても、それは往々にして従来のやり方を変えるものであるため、他の人の理解を得るのは容易ではない。おそらくは周囲の反対に遭うであろう。ここであきらめてはいけない。諸君は誠意を持って相手の話を聞くと共に、自分の主張を相手に納得してもらうまで何度でも説明することである。一度主張して相手に受け入れられなかったからといってあきらめるのでは、単なるアイデアマンに終わってしまう。物事を実現するには情熱(パッション)が是非とも必要である。これが伴って初めて諸君は自分の考えを実現できる。これが実行力というものである。

 以上諸君に大学時代是非とも身につけてもらいたい能力について述べてきた。しかしこのことを自ら示したのが他ならぬ福澤諭吉である。諸君は大学在学中に是非とも福澤の「文明論の概略」、それが難しいというのなら「福翁自伝」を読んでもらいたい。福澤こそ自分自身の目で事物を見、問題を発見すると同時に解決策を提起し、そしてそれを実行した数少ない人物であることを発見するであろう。