経済問題メーリングリスト

「一国二制度を認めるか」というタイトルはものものしい。 ごくふつうの人々の議論の場で、このようなテーマを議論することに 何の意味があるのかと疑問をもつ人もいるかもしれない。

しかし、一国二制度という国の政策を決定する主体は、実は 一般国民である。実際に政策立案の担い手になる官僚や政治家が議論に 参加するのはもちろんだが、一般国民が素朴な視点からこの問題を知り、 理解する必要がある。 金融特区構想の生まれた背景、目的、方法について知った上で、 一般国民として構想を支持するか否かを議論した。 (念のための情報ですが、 このメーリングリストのメンバーは日本国民であるとは限りません。)

金融特区構想について知っているか を最初に問うたところ、 一人を除き、知っていると回答した人はいない。サンプル数は少ないが、 本土の一般人にはほとんど知られていないと言ってよい。 また、特区構想の背景にある沖縄問題全般についても、必ずしも 事実認識が共有されているわけではなかったので、特区についてだけでなく、 幅広く沖縄に関連する話題を取り上げながら話しをすすめた。 以下では、沖縄問題一般についての話題は省き、金融特区構想、および 一国二制度に関する意見の部分をまとめた。


金融特区構想の背景

  1. 普天間基地の移設問題
    沖縄に在日米軍基地が集中していることは、早急に解決しなければならない問題 である。その中でも住宅地に隣接している普天間基地の移設は沖縄県から優先度の 高い要求項目だった。ところが、移設すること自体は決まったものの、 同じ機能を果たす代替地を米軍が求めたのに対し、本土では受入れようと しなかった。結果的に候補地になったのが沖縄県の名護市だった。 受入の条件の一つとして、名護市だけを優遇する金融特区構想が生まれた。 (名護市の受入表明までは住民投票をはじめ、日本国民全体が知っておくべき ことがたくさんあるが、それらの問題を考えることは、今回のテーマから 意識的にはずすことにした。)
  2. 北部地域の相対的おくれ
    沖縄県を大きく区分すると本島地域と先島地域(宮古、八重山列島)とに 分けられる。さらに本島地域は北部、中部、南部、周辺離島に分割することができる。 日本全体では少子化がすすむなか、人口の自然増が大きい沖縄ではあるが、 人口増大は本島中南部だけでおきていることであり、北部(やんばる)地域は 大正時代から ほとんど人口が変化していない。経済・社会の活性化が強く求められていた。
  3. 名護の中での東海岸と西海岸間の格差
    北部地域の中でも名護市だけに人口が集中しているのが現状である。また、同じ 名護市でも市街地のある西海岸に人口が集中し、つねに東海岸が開発から 取り残される構造ができあがっていた。東海岸側に普天間基地を移設する代わりに、 金融特区を作り、経済・社会の活性化を目論もうとした。
  4. ITインフラの有効利用  
    開発を考える場合には、その地域にある資源を有効利用することを考えなければ ならない。沖縄は海洋の中に浮かぶ孤島群なので、 天然資源には比較的恵まれていないが、地理的特性から、 世界中を結ぶインターネット網の集積地になっている。 情報産業の育成はいまどこの地方でも計画していることだが、 沖縄は情報産業を振興する上で有利なインフラをもっている。
    • 沖縄に集中する光ファイバーケーブル
      現在はまだ有効利用しているとは言えないが、沖縄は世界各国を結ぶ 光ファイバー網のハブになっている。金融業を含む情報産業を 沖縄で育成することは意味がある。東京のネットワークがダウンした ときに、沖縄にバックアップ基地をおくことが合理的なのである。 金融取引にしても、東京を補完する市場をおく場所は沖縄であると 考えることができる。
    • 名護でのインフラ整備
      マルチメディアセンターを中心にして情報産業を支えるに足るインフラ整備が すすめられている。


金融特区は成功するか:名護市民にとっての損得

この問題については多くの議論をした。まずここでは、名護市民にとって 金融特区の創設が良いことか悪いことかを論じた。日本国民にとって 良いものかかどうかは次に整理する。

成功の判断基準として考えられる2つの点をめぐって次のような意見がでた。

  1. 人口の定住を実現できるか。
    振興策の成功・失敗の判断基準は、お金がもうかるかではなく、 人口の定住が実現できるかにおくべきだという意見が強かった。 沖縄本島北部地域の人口については上で見た通りである。 お金が地元におちるかどうかではなく、定着人口をどの程度期待できるか が振興策の本質的な判断基準になるであろうことはまちがいない。

    金融、ITはモノの生産とちがい、 多くの労働力を必要とするわけではないので、 どれだけ効果があるか疑問という声があった。 沖縄県内の新聞報道を見る限り、金融特区の雇用効果 は数量的には何も明確なものがない。 仮にお金がおちなくても、そこで働くことに魅力を感じる者が多ければ 人口の定住を実現することはできる。しかし、金融特区では 量的な効果がそれほど大きくないのではないか。

  2. お金が地元におちるか。
    情報産業の成功の鍵は情報創造能力であって、情報伝達能力ではない。 情報を創造する地域が所得を得るだけで、 IT特区は伝達だけをおこなっているのだったら、 情報の通り道になるだけで終わるのでは。このように考えると、 金融特区は地元経済にはそれほどの利益がでないことになる。

  3. 金融市場として成功するかどうか
    名護市民の経済生活に変化がないとしても、日本の他地域にはない 金融市場が名護市だけで成功するとしたら、それは名護市民にとっては 自慢の種になる。 経済的豊かさではなく、自分たちだけの何かを自分たちで作り出すことの 喜びも振興策の目的になりうる。そのためには、名護市民に経済効果が あるかではなく、特区の可能性それ自体を考えることが必要である。

    金融や情報産業では、ブランドイメージが大きな役割をはたす。 沖縄経済はいままでブランド力をもっていなかったので、少なくとも 本土企業の進出はすすまないのではという疑問が出た。 しかし、本土向けの金融サービスの提供ではなく、世界相手の商売ならうまくいく 可能性があるのでは、という反論もあった。 金融・情報産業については沖縄ブランドは 国内では確立していないし、簡単には育成することができないのは事実である。 しかし、 日本の地理や歴史にくわしくない外国人ならば先入観なしに損得を計算し、 ブランドイメージとは関係なく金融特区を利用する可能性がある。 アメリカでは沖縄(Rykyu)という名はけっこう知られているし、 在日米軍基地が多いので親しみがある面も否定できない。

    また、実際の金融取引は物理的な場所と関係なく、電話回線やインターネット回線 でおこなわれるものなのだから、ブランド力や実物取引の裏付けがなくても、 うまくいくのではないかという意見もあった。

  4. その他の条件
    金融特区の成功・失敗は、他の条件がどの程度整備できるかに依存している。 とくに問題になったのは「人材供給」だった。 高度な金融取引をおこなう優秀な人材をどれくらい呼び込めるかが成功の鍵になる。
  5. 環境破壊をおこさないのがいい。
    プロジェクトの成功・不成功を考えるときには、副産物として何らかの弊害が 生まれるかどうかについても配慮する必要がある。金融特区の場合には、 他の開発の場合とちがい環境破壊を低くおさえることができる点が評価できる。
  6. 不安定な経済になる可能性も
    モノの取引に比べてカネの取引は移動が早いので、 沖縄に集まった資金がなにかの拍子に急速に流出してしまう リスクも考えるべきである。94年のメキシコ通貨危機、97年からの アジア通貨危機の教訓は重く受け止めるべきである。 金融特区が成功したとしても、それだけで満足していたら資金が 急速に流れ出す可能性のある不安定な経済になってしまう。 確実なもうけが期待できるモノ作りも同時に追求する必要がある。


一国二制度を認めるかどうかの判定基準:日本国民全体にとっての損得

何かを認めるかどうかを決めるためには判定基準が必要になる。 以下の諸判定基準のそれぞれをどのような重みで採用するかで 一国二制度を認めるかどうかが変わる。
  1. 代替案との比較
    基地受け入れに何らかの補償が必要であることはあきらかだが、 その補償を金融特区の認可という形でおこなうかどうかについては多くの 意見がでた。現行制度では考えられないが、論理的にはお金での補償ということも ありうる。公共事業をおこなったり、優遇策を採用するだけでなく、 現金を払う形での補償も真剣に議論されていいのではないだろうか。 基地の受け入れは地元の人間にしかわからない苦痛がともなうものである。 一方、基地の恩恵は日本国民が平等に受け取っている。 日本国民全体で基地受け入れ先に相応の負担をすべきことはあきらかである。 お金での補償をする方が適切な金額が明確になるので、税金を支払う側も 基地問題を身近なものとして考えるきっかけになるのではないだろうか。 何らかの補償は、本来は沖縄県民(名護市民)が当然受け取れる 権利であるはずなのに、「優遇策」という言葉をつかうことによって 他都道府県民が温情で出しているもののように錯覚させる。

    一方、お金や公共事業での補償をすると、名護市民の創意工夫の 余地が少なくなり、いわゆる補助金・援助依存の体質ができる可能性 がある。優遇策の形で補償を受ける方が、自分たちの創意工夫次第で その経済効果はいくらでも大きくすることができる。 活力を生み出すためには、お金や一回かぎりの公共事業よりも、 優遇策の方がよいとも考えられる。

  2. 本土と沖縄の間の公平性
    優遇策の検討で一番問題になるのはこの論点である。 この点については、OECDが健全な競争を歪めるような優遇策に対して 否定的な見解を示しており、世界各国で特区を廃止すべきという方向に 動いている。 名護市では、健全な競争を歪めるのはよくないが、 OECDの判断でもさしたる問題はないような税の優遇も ある点を強調している。しかし、健全な競争を歪めることのない 税の優遇とは、要するに優遇策にはならないような優遇策 ということではないだろうか。 優遇策をとっても地元に効果を生み出さないような政策であれば、 最初から議論の対象にする必要がない。 税負担の公平性を考えるのだったら、 いかなる優遇策も認めるべきではないということになる。 むしろ、名護市の金融特区構想を考える場合には、基地受入で生じる 国防供給のための負担の格差をどのように、どの程度まで 補償するかを考えるべきである。 競争を歪めないような優遇策を考えるのはおかしい。どのように、どの程度まで 歪めるかを論じるべきである。
  3. 一国全体の利益になるかどうか -  規模の経済・範囲の経済はあるか
    案件によっては集中することにより全体が良くなる場合がある。全国一斉の 規制緩和ではなく、一カ所で規制を緩和することにより、まずそこが 成長し、まわりに良い影響をもつのだったら、積極的に一国二制度を 認めるべきである。金融特区で取り扱う業務が規模(範囲)に関する収穫逓増の性質を もつかどうかを調査する必要がある。 この点についての調査は十分にはおこなわれていないようである。
  4. 沖縄経済全体の利益になるかどうか
    普天間代替施設の受け入れから始まったはなしなので、金融特区の 創設が名護市に利益があるかどうかが最重要ポイントだが、沖縄全体に 対する波及効果も知りたいという声が大きかった。在日米軍基地が沖縄に 集中していることに対して、いままで他都道府県は有効な補償をしてこなかった。 金融特区によって沖縄全体にどのような経済効果が及ぶのか、何らかの調査が 求められた。
  5. 他地域に過度のしわよせがいかないか
    上記の点に関連するが、金融特区はプラスの波及効果だけでなく、マイナスの 波及効果を県内外に及ぼす可能性がある。 たとえば、那覇にある金融機関が名護に移動してしまい、 那覇の経済が弱体するのではという意見があった。これに対しては、 那覇での金融取引は実需に基づいたものである一方、 名護で取引をするのは高度な金融取引やキャプティブ保険なので、 那覇へのマイナス影響は少ないという判断をした。

    東京市場には影響があるかもしれないが、その点について議論する材料は乏しく、 議論の発展はなかった。

  6. 成功を前提にするかどうか
    以上では、金融特区の成功や失敗を見極めてから、一国二制度を 認めるかどうかを考えようという発想で議論をした。しかし、 名護の金融特区の問題を考えるときに、その成功の可能性を考えることは、 一国二制度を認めるかどうかの判断の前提になるわけではない。

    基地受け入れに対する補償を考えるときには、基地受け入れの負担に見合う 補償額を考えるべきである。

    基地負担=優遇策によって得られる経済利益の期待値

    となるように優遇条件を設定するということである。この条件が出てくる背景は

    基地負担>優遇策によって得られる経済利益の期待値

    となるように他都道府県民が補償額を少なくしようとし、

    基地負担<優遇策によって得られる経済利益の期待値

    となるように名護市民(沖縄県民)が求める行動がある。最終的には 両者のバランスするところで補償額が決まるということである。

    ここで、経済利益の期待値が基地負担額よりも小さいならば、損をするのは 名護市民や沖縄県民であって、他都道府県民ではない。成功することを条件に 補償策を考えるのは、他都道府県民にとっては本来は合理的な行動ではない。 税金をつかうから有効につかわれるべきだという論理はここでは通用しないのである。

    誤解をおそれずに言えば、他都道府県にとっては、補償額を少なくすることが できればいいのであって、金融特区が失敗したところで痛手はないのである。 基地受け入れに対してきちんと補償すれば公平性は保てるのであって、その お金を名護市民が遊びにつかってムダ使いをしても、他都道府県が文句を言う筋合い はないとも言える。

    成功の可能性がないからという名目で優遇策を認めない行動はとるべきではない。

  7. 他の地域の理解を得られるか。ねたみを抑えることができるか。
    ここまでの整理では、基地受け入れに対する補償としての優遇策であることを 前提にしていた。しかし、沖縄県内ではこのような視点が公認の事実になっている わけではない。基地を材料に優遇策を引き出すことには否定的な見解が多い。 物乞い経済と呼ぶ意見もあるほどであり、このメーリングリストの議論の 期間中にも沖縄県議会で振興策と基地受け入れとのリンクが議論されていた。

    基地受け入れと振興策=優遇策がリンクしていないとしたら、 他地域の者には金融特区はとうてい受け入れられないものになってしまう。 米軍占領時代という歴史を主張するとしたら、その補償はどこまで行えばよいのか 明確にするべきである。復帰までの経緯をいくら主張しても、いま全国民の 理解が得られるとは思えない。現在の基地負担、新たな基地受け入れの 重荷を主張するしかないのではないか。

  8. 一国二制度を認めることが在日米軍基地の固定化につながる懸念
    金融特区を認めることが、沖縄における在日米軍基地の固定化につながるのでは、 という意見がでた。 沖縄全体の米軍基地の問題にまで話題が広がり、嘉手納基地は別として どの基地も地道な交渉によって整理縮小は可能という結論になった。 また、名護の海上ヘリポートの問題に限っては、 15年使用期限については断固として譲らないことで解決できるという結論になった。
  9. より根本的な差別感情をなくしてから判断するべき。
    すべての根元には、本土人の沖縄の人に対する差別感情があるのでは、という 意見である。この感情をなくすのが先決ではないかという考えである。 差別感情があるかないか自体も問題になったが、仮に心の中に差別感情が あるとしても、まず今するべきは、制度に表れている差別待遇の解消ではないか ということになった。沖縄に基地が集中していることはあきらかである。 負担の偏りを改善することが何よりも大切であり、その補償として一国二制度の 問題を考えるべきである。


一国二制度を採用する場合の配慮

金融特区を認めるとしても、以下の点は事前に知りたいという声があった。
  1. 金融特区以外の地域での代替税源の整備
    金融特区が成功するとしたら、他地域に何らかのしわせよが あることはまちがいない。代替財源の可能性も検討しておく必要がある。
  2. 企業へのアンケート
    成功するかしないかは、一国二制度を認めるかどうかの判断に最終的に 重要なことではないかもしれないが、やはりある程度の情報は知りたい。 そのときに大事なのは、潜在的進出企業にとって、どのような条件がそろえば 金融特区へ進出するのかということである。実際にどのような企業と交渉してきたかではなく、企業にとって特区が魅力をもつ条件はなにかを、地道に調べた結果が公開される ことが望まれる。
  3. 規模の経済・範囲の経済の調査
    一地域だけを優遇することが全体にとって利益を生み出す主張をするとしたら、 金融特区でおこなわれる取引が規模の経済や範囲の経済をもっているのかを 調べる必要がある。
  4. 名護市民だけでなく、他地域への情報発信
    とくに問題になるのは県外への情報発信である。沖縄は優遇策を要求し、 受け入れてもらえることに慣れすぎている。政府や官僚との交渉ばかりが 念頭にあり、他都道府県民に訴えようとしないできた。 一国二制度を認めるかどうかを決める主体が日本国民であることを 意識して情報発信するべきである。


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