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トップページ > 石井康史准教授追悼
本学部石井康史准教授は、病気療養中のところ、2011年12月17日にご逝去されました。ラテンアメリカ文化の気鋭の研究者であり、きわめて熱心かつ優れた教育者でもあった同君は、学部の研究と教育に多大の貢献をされました。学部としては、このようなすばらしい同僚を志半ばで失ったことは痛恨の極みであります。心からご冥福をお祈りいたします。
経済学部長 中村慎助

2011年12月17日、石井康史さんが亡くなられた。難しい病と闘っていらっしゃることは聞いていた。でも、2年前に脳内出血で倒れた後、つらいリハビリを乗り越えて再び教壇に戻られた石井さんはどこまでも明るく前向きで、「闘病」という言葉がもつ悲痛さを感じさせなかった。講義の計画を熱っぽく話し、「今年は100mを全力疾走する」とリハビリの目標を語り、そして、食事のあとはいつものように砂糖たっぷりのコーヒーとデザートを頬張る。そのような姿を見ているうちに、病はもう退散したのだと、石井さんはいつまでも私たちと一緒にいてくれるのだと思い込んでいた。
私がラテンアメリカを研究対象にしようかと思い始めていたころ、石井さんはすでにいくつもの論考を雑誌などに発表していた。ラテンアメリカを舞台に文学、音楽、映画、写真を縦横無尽に論じるそれらの文章はどれも新鮮で、刺激に満ちていた。きらきらと輝く思索の原石がラテンアメリカには無数に転がっている、そんな期待を抱かせる文章だった。人生の目標が定まらない凡庸な一学生がラテンアメリカに足を踏み入れることになった、そのいくらかの責任は石井さんにある。面識はなくても、「石井康史」という名前はそのころから私にとって特別な重みをもっていた。
その石井さんと同じ職場でいっしょに働けることになったのは、私にとって僥倖だった。この10年間、研究者としても教育者としても、どれだけ触発され続けてきたことだろう。石井さんは会話の名手だった。形而上学的な話から通俗的な話まで、応じられない話題はない。そして、一見低俗な話題も鋭い人間考察に変換し、どんなに未熟な思いつきでもたちまち心躍る研究テーマへと変身させてくれた。その石井マジックが楽しみで、次に会ったら話そうと、話題を拾い集めておくのが私の習い性になっていた。
「自分は何よりもまず教育者でありたい」と常々言っていた石井さんが、大学教員として一番大切にしてきたのは、学生と向き合う時間だったように思う。来往舎の談話室で質問に来た学生を熱心に指導している姿をよく見かけた。学ぼうとする学生には惜しみなく自分の時間を割き、自らの経験と知識を差し出すのが石井さんだった。
大切な仲間を一人、私たちは失ってしまった。その無念さは消えない。石井さんに話しておきたかったことがふと頭をよぎる。そのたびに、これを話すべき相手がもういないことを思い知らされ、悔しさがこみあげてくる。もっといっしょに仕事がしたかった。考えていることをもっと形にしてほしかった。それでも今は、石井さんが駆け抜けた生涯の一部をともに過ごせた幸運に感謝したい。
石井さん、あなたは最高に魅力的な教育者でした。考えること、教えること、そして生きることの楽しさをたくさん教えてもらいました。すてきな時間をありがとう。
(経済学部准教授 工藤多香子)
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