教員インタビュー

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准教授 井手 英策
研究領域 : 財政社会学、地方財政論、中央銀行政策史

経済を学ぶ上で重要なのは、
いかなる人間観を持って学ぶかということ。

"真理にのみ忠実であれ"人びととの出会いが、進路を決めさせた。

私の専門分野である財政社会学は、日本ではまだ知る人が少ない分野です。財政社会学とは、政府が国民から税を集め、その使い方を議論する財政学の成果を踏まえて、「お金の使い方によって、社会や人の心にどのような変化が表れるか、それが財政にどういう影響を与えるか」を考察するというものです。

例えば、「政府は税金を無駄遣いしている」と感じている人は多いのではないでしょうか。しかし日本の財政を見てみると、実は、この間、歳出はさほど増えていないのです。それなのに、赤字はいっこうに減っていない。ということは、歳入にあたる税金が不足しているのだと分かります。ここで疑問が生じます。人びとが政府にお金を払いたくないのはどうしてなのか、政府は無駄遣いばかりしていると思うのはなぜなのか、と。

この問題をどう考えればいいのかと悩んでいたとき、「人は政府を信じているのか」という"心の問題"に気付いた。日本では今、格差社会が問題視されていますね。国民から「無駄遣いをしている」と不信に思われている政府は税金徴収を増やせない。とくに中間層や富裕層は負担者だから反対する。だから十分な対策がとれない。雇用や福祉問題に苦しんでいる人びとは、ますます政府を恨み、その人たちの救済コストはますます増大する…こんな悪い連鎖が起こっています。実際は、政府は無駄を省こうと必死なのに、です。

私が、既存の枠にとらわれない研究に挑む背景には、大学院での多くの出会いが影響しています。社会人になる決心がつかず、軽い気持ちで大学院に進学したのですが、恩師や研究者仲間との交わりが「こういう職業につきたい」と僕に思わせてくれた。たとえば、民主主義の本質が多様性である以上、多様なものは多様なまま、あるがままにとらえる、ということを学びました。社会がそもそも多様な人で成り立っているのなら、社会の未来なんてわからない。だから自分の信念や思想を変えずにいれば、社会の変化に翻弄される必要もない。真理にのみ忠実であればよいという考えが根底にできた。自分が自分でいられる、そんな職業が学者なんだと気づいたのです。

社会と主体的に関わろうとする姿勢は、学生たちの魅力。

慶應大学経済学部の特色の一つとして、教員のバリエーションが豊富なところが挙げられると思います。財政問題や歴史など、一つのジャンルに数人の先生がいますから、学生はいろいろな切り口で経済学を学ぶことができます。また、そういった多様性は、幅広い共同研究を可能にする。その分、世界に対して日本側から情報発信するチャンスも増えるので、国際共同研究をやりやすい環境でもあると感じています。

経済学部の学生たちと接していると、社会と関わろうとする学生が多いことに気づかされます。素晴らしい長所です。だから、授業を通じて、その長所を伸ばしていけるようなサポートを行っていきたいですね。その際、必ず伝えたいのは、人間は社会に"関わる"のであって、自分が世の中を"変える"のではないということです。"変えられる"と思ってしまうと、人間は傲慢になる。大事なのはあくまでも"主体的に関わる"ことで、変化は結果。主体性を重んじる校風が脈々と息づいている慶應の経済学部ならば、学生たちはその長所をまっすぐに伸ばしていけるのではないでしょうか。

経済学は、社会を見る目を養う学問でもある。

経済学は、もともと社会科学の一分野です。ということは、経済学の専門家は社会科学者の専門家でもあるのです。社会を構成しているのは言うまでもなく人間ですから、"社会をどう見るか"は"人間をどう見るか"だと言える。そして、人間は支えあい、協力するものだという観点で経済を見る場合と、利益を最大化し、儲けることがまずは大事だという観点で経済を見る場合では、見えてくる社会像は違うものになる。つまり、どのような人間観を持って経済を学ぶかが、極めて重要になるわけです。言い換えれば、経済を学ぶことは社会の見る目を養うことでもあるのです。

学生のみなさんには、本とじっくり向き合える大学時代を利用して、ぜひ"古典"と言われる経済書に挑戦して欲しいですね。古典を読むと「偉大な経済学者も、自分と同じようなことで悩んでいたのか」ということがよく分かる。その一方で、迷っていたことの答えを与えてくれたり、自分とは異なる「人間の捉え方」を示してくれたりもする。そうやって身に付けた社会を見る目は、正々堂々、「大学時代にこれを学びました」と言える糧になるはずです。そもそも、「学生」は「学んで生きる」と書くのですから。古典を通じて天才たちの"格闘の跡"を学んでください。

(2009年5月28日取材)

※プロフィール・職位はインタビュー当時のものです。

プロフィール

1995年
東京大学経済学部卒業
2000年
東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学
日本銀行金融研究所
東北学院大学、横浜国立大学にて奉職
2006年
コロラド大学客員研究員
2009年より現職

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