教員インタビュー

トップページ > 教員インタビュー > 大垣 昌夫

教授 大垣 昌夫
研究領域 : マクロ経済学、国際金融、計量経済学

自らの変化が、経済学者として看過できない研究テーマとなった。

自らの経済行動の変化が研究のきっかけに。

現在、研究に取り組んでいるテーマは、世界観とそれが経済行動に及ぼす影響についてです。自分自身の世界観が変わり、それに伴って行動までもが変わったという経験が、研究のきっかけとなりました。具体的に言うと、思いがけずクリスチャンになったということです。大学生のころまでは、強い信念を持った無神論者でした。クリスチャンになったことで、自身の経済行動が変化しました。経済学者として、これは探究しなければいけないと考えたわけです。

たとえば、クリスチャンは献金という行動をとります。献金することによって貧しい人の消費行動が促されます。私自身は、クリスチャンになるまでは、自分が死んでから子供たちが事故にあったりして苦しむ可能性ということを考え、子供たちに遺産を遺すということを重視していました。自分の子供たちが苦しむ可能性があるので、他人のための献金など、ほとんど考えもしなかったのです。しかし、クリスチャンになって、「苦しみ」をどう見るかという世界観が変わりました。苦しみには必ず人格形成などの意味があり、嫌なものであっても、怖れる必要はないと思うようになりました。すると遺産を減らして、献金をすることになります。このような遺産と献金のトレードオフや、苦しみをどう見るかという世界観の行動への影響が、正面から取り組むべきテーマであると考えたのです。

世界観と経済行動との関係を掘り下げる。

世界観と献金行動やボランティア行動などに関するアンケート調査と、実際に約5千円を被験者に渡して、そのうちどれだけを慈善団体に寄付するか、家に持ち帰るかを選択してもらう経済実験を行っています。こうした調査を通じて、個人の行動だけでなく、遺産、貯蓄率、成長率などの視点から、世界観の経済全体への影響も明らかにしていきたいと考えています。誰かの所得は、献金することで減っていく。例えば、遺産が減るということです。では、減った分はどこに行き、経済にどのような影響を及ぼすのか。 一方、世界観は宗教ともかかわるテーマで、たとえばトルコはイスラム教信者の多い国ですが、クリスチャンもいます。世界観による経済行動の違いについて、様々な宗教の信仰がある国々で国際比較も行なっていきたいと思います。

私は、シカゴ大学で経済学を学びました。シカゴ学派は、市場に任せるという経済原則を絶対視している側面が強いです。私自身の変化から、そのような絶対視は、間違った考えではないかと思うようになりました。キリスト教の中心には敵を愛するという教えがあります。だからこそ、人々を助ける、献金という行動も合理的なものとなるのです。こうしたことも含め、世界観と経済との関係を掘り下げてみたいのです。

学生たちに「何のために生きているのか」を問いかけていってほしい。

慶應義塾大学の学生たちには、自分は何のために生きているのか、などの深い問いかけをしていってほしいと考えています。頭で理解できるような答えはみつからないかもしれない。それでも、妥協せず、深い問いと向き合って、答えを求めていってほしいと思います。

慶應義塾大学は、日本の中でもユニークな大学ではないかと思います。福沢諭吉の有名な「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という言葉は、人間は造られたという世界観を示しています。ミッション系ではない大学に、そうした建学の精神が息づいているところに、慶應義塾大学の重要な特性があるとも考えています。西洋は一点集中のものの見方をしますが、東洋では全体を見ようとします。西洋のキリスト教の理解をそのまま東洋に持ってくるのは、やはり無理があります。東洋独自の真理の人間的理解―世界観を探求しようとするべきです。慶應義塾大学は、その点でも日本をリードしていく大学なのです。新しい日本のリーダーを養成する大学ともいえるでしょう。単により良い就職へ導く教育の場ではなく、学生たちがもっと深いところで自問自答する機会と探究の方法を提供できる大学だと考えています。

(2009年12月17日取材)

※プロフィール・職位はインタビュー当時のものです。

プロフィール

1988年
シカゴ大学経済学部博士課程修了
ロチェスター大学経済学部助教授
1994年
オハイオ州立大学助教授
2002年
オハイオ州立大学教授
2003〜09年
Journal of Money, Credit, and Banking誌のEditor
2009年
慶應義塾大学経済学部教授

ページトップに戻る