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沿革
「福澤諭吉ウェーランド講述の図」(画 安田靫彦)

「福澤諭吉ウェーランド講述の図」
(画 安田靫彦)

慶應義塾の創立

慶應義塾は福澤諭吉によって安政5(1858)年に創立されました。当初は蘭学塾でしたが、その後英語の重要性を認識した福澤諭吉は塾を英学塾に転換させました。何度かの移転を経て、慶應4(1868)年に芝新銭座(現在の東京都港区浜松町)に新校舎を完成させた折に、塾は時の年号にちなんで「慶應義塾」と命名されました。なお現在の慶應義塾大学三田キャンパスの場所に移転したのは、明治4(1871)年のことです。

大学部理財科の設置

福澤諭吉は、明治維新後も着実に慶應義塾の学科を充実させて、日本における近代的高等教育機関の先駆的存在としての研究教育体制を整備していきました。そして、明治23(1890)年には文学・理財・法律の3科からなる大学部が慶應義塾に設置されました。この理財科が本学部の前身です。本学部は、福澤諭吉の存命中に作られた数少ない3学部の1つです。

日本のリーディング大学・慶應義塾

慶應義塾大学は、現在10の学部と14の大学院研究科からなる日本有数の総合大学であり、文部科学省の「スーパーグローバル大学創成支援」事業のトップ型10校の1つに選ばれるような日本を代表するResearch Univeristyです。その慶應義塾大学の中で、本学部は長年にわたり「慶應の理財」と称されてきました。本学部は、日本最初の経済学部であるばかりではなく、単科の経済学部として教員数と学生数において日本最大の規模を誇っています。本学部の卒業生は各方面で活躍しており、その活動の場も日本のみならず全世界へと広がっています。

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