教授
松原 彰子
自然地理学
日吉台地で過ごした日々の思い出
経済学部での教員生活の思い出について
非常勤講師時代も含め、32年にわたって慶應義塾にお世話になりました。その間、自由な雰囲気の中で研究・教育に携われたことに心から感謝しています。
私の祖父と伯父が経済学部出身であったこともあり、幼い頃から慶應には“親近感”を抱いていました。慶應に地球科学系の学科がなかったため、私自身はご縁がないものと思っておりましたが、そこでこれほど長い時間を過ごさせていただいたことは大きな喜びです。
私の専門は自然地理学で、地球環境や自然災害を対象に、人間との関わりも含めた研究を続けてきました。地学科の中で自然地理学を専攻した理由は、進路決定のためのガイダンスで指導教授(未来の)が「地理学は間口が広く、自由度が高い学際的な分野である」とおっしゃったことにあります。
私の具体的な研究テーマは、過去約1万年間に海岸の平野がどのように形成されてきたかを明らかにすることです。中でも、沿岸部に広く分布する砂州地形(砂州、砂嘴、砂丘といった海岸線に平行する細長い高まりの地形で、内陸側から順に複数列形成されることが多い)の形成過程を、地形・地質・化石などに基づいて復元する仕事をしてきました。また、砂州地形上の遺跡分布から、人間がいつからそこで活動するようになったかについても考察の対象にしています。その結果、砂州地形が完成した時期と人が定住生活を始めた時期との間に、数百年から数千年の時間差が存在することが明らかになりました。このことから、砂州地形の海側に新たな砂州地形が形成されて、高波や津波の影響を直接受けにくい安定した環境になってから人が住み始めたと推定されます。こうした研究成果は、「福澤諭吉記念慶應義塾学事振興基金による出版助成」を受けて、2015年にHolocene Geomorphic Development of Coastal Ridges in Japanとして出版することができました。
私個人のフィールドワークは日本国内が主体ですが、共同研究という形では海外へも出かける機会を得ました。経済学部の地理学専攻の先生方とはフランスでの農業地理学調査に、環境情報学部や他大学の先生方との合同調査ではネパールの水害・土砂災害の実態調査に、また文学部考古学専攻の先生方とはイスラエル・ガリラヤ湖畔の遺跡発掘調査に、それぞれ参加させていただき、他分野の研究者との交流も含めて、個人の研究では得られない非常に貴重な経験をすることができました。こうしたことからも、地理学の「間口の広さ」を改めて実感しています。
日吉の総合教育科目の自然地理学を通して、この分野の特性を経済学部をはじめとする多くの学生に伝える機会を得られたと思っています。私自身、学生時代に最も興味深く受講していたのは多様な教養科目でしたので、専門科目としてではなく教養科目として講義を持てたことに感謝しています。
私の教員生活の前半にあたる2005年頃までは、資料を配布して板書するという旧来型の講義形式でしたが、その後はスライドを用いて“効率の良い”授業を進める形に変わりました。また、この時期にはオリジナルの教科書も完成しましたので、学生にとっても取り組みやすくなったものと思われます。一方で、授業への出席率や学生からの質問はともに減少していきました。学生の気質や、私自身の感じ方の変化もあるかもしれませんが、前半の大教室での“熱気”は後半には少なくなったような気がします。今後は、対面式とオンライン型の併用での講義が主流になるものと思いますが、教員と学生との距離を縮めるための新たな工夫が必要になりそうです。
最後に、さまざまな業務を通してご協力いただいた経済学部の先生方に厚くお礼を申し上げますとともに、経済学部の益々のご発展をお祈りしております。
(2020年12月取材)
プロフィール
1980年 |
東京大学理学部地学科地理学課程卒業 |
1982 |
東京大学大学院理学系研究科地理学修士課程修了 |
1987年 |
東京大学大学院理学系研究科地理学博士課程修了 理学博士 | 1997年 |
慶應義塾大学経済学部助教授 |
1998年より現職 |
※プロフィール・職位は取材当時のものです |