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教員インタビュー
津谷 典子 写真1

教授 津谷 典子
人口学、計量分析法

慶應義塾に感謝を込めて

慶應義塾大学経済学部は、寺尾琢磨先生が1934年に経済学部教授に就任され、人口論の第一人者として長年その教育に尽力されたという意味で、おそらく日本で最も長い人口学教育の歴史と伝統をもつ学部であると言えます。現在、「人口論」は経済学部の基本科目のひとつとなっており、私は1996年に非常勤講師としてこの科目を担当するようになりました。そして2年後の1998年には、教授として慶應義塾大学経済学部の一員となり、今年度まで本科目の担当を続けました。

1990年の「1.57ショック」以降、出生率の人口置換水準以下への継続的低下・停滞である少子化とその直接的帰結である人口高齢化、さらには2010年以降本格化している人口減少が広く社会的関心を集め、そのマイナスの影響についての懸念が強まる中、近年、人口変動が社会・経済に対してもつ意味と重要性が再認識されています。慶應義塾大学経済学部は、少子高齢化や人口減少が日本社会で注目を集めるようになったはるか以前に、人口統計分析と人口理論および人口政策により体系付けられる人口学を経済学の一分野として導入し、長年にわたり開講し続けてきたという意味で、その先見性は特筆に値すると思います。その恩恵を被り、私も教育者としてやりがいのある仕事をさせて頂くことができたことを嬉しく思います。

私の人口学研究者としての歩みは、米国シカゴ大学で人口統計学と計量分析法を学んだことに始まります。同大学で1986年に博士号(Ph.D.)を取得して以来、先進諸国の出生力と家族の実証分析を中心に、主に現代人口についての研究を続けてきました。特に近年は、日本を含む東アジアの少子化と未婚化のパターンと要因の比較研究に力を入れており、ライフコースの視点から、就学・就業を中心とした経済行動と、結婚・出生からなる家族形成との関係についての実証研究に取り組んでいます。その集大成のひとつとして、日本と韓国と中国における出生率低下とその社会経済的背景および政策的含意についての国際比較研究を、米国在住の韓国系と中国系の研究者と共同で行い、本年(2019年)その成果を英文モノグラフとして出版することができました。これも、慶應義塾大学から頂いた自由な研究環境のおかげと感謝しています。

さらに、人口学研究者としての幅を広げるきっかけとなったのは、1990年代半ばに、日本の歴史人口学研究の第一人者である速水 融先生と出会ったことです。私は、当時先生が主導的に取り組んでおられた「ユーラシア人口・家族史プロジェクト」(Eurasia Population and Family History Project、通称EAP)に参加して、本格的に歴史人口研究への取り組みを始めました。EAPプロジェクトは、工業化以前の東北日本、東北中国、イタリア北部、スウェーデン南部、ベルギー東部の人口変動と家族を比較分析することを目的とした多国籍研究であり、膨大な歴史人口・経済データベースを構築し、同一の多変量解析モデルを用いて比較分析を行いました。私はこれに日本チームの責任者のひとりとして加わり、特に人口再生産についての英文図書では、第一著者として研究成果全体の取りまとめを行いました。

同書は、2010年にマサチューセッツ工科大学出版会より刊行され、2012年には第13回日本人口学会賞、そして2014年には平成26年度慶應義塾賞を授与されました。速水先生は本大学の名誉教授であり、経済学部長もつとめられ、2009年には日本の歴史人口研究の第一人者として文化勲章を受章されました。速水先生は今月(2019年12月)逝去されましたが、先生が半世紀以上にわたり収集・整理された貴重な歴史人口データを活用して今後も研究を続け、その成果を内外に発信する努力を続けていくことで、そのご恩に報いたいと思っています。

(2019年12月取材)

プロフィール

津谷 典子 写真2
           

1977年

南山大学外国語学部英米科卒業

1986年

米国シカゴ大学大学院博士課程修了 Ph.D.

1986年

米国東西センター人口研究所リサーチ・フェロウ

1989年

日本大学人口研究所助教授

1993年

日本大学経済学部助教授を経て1998年より現職

2001年

米国カリフォルニア工科大学客員教授

※プロフィール・職位は取材当時のものです

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