教授
八嶋 由香利
スペイン語、スペイン近現代史
スペイン語文化圏の魅力を学生に
経済学部での教員生活の思い出について
私が専任として日吉にやって来たのは、21世紀最初の年でした。それまでの古い研究棟の相部屋から、新築の来往舎に移った時は気分も昂揚しました。その来往舎も今では壁紙が一部剥げかかっていて、長い時間が経過したのを改めて感じます。
私が来た当初、経済学部のスペイン語専任教員は私を含めたった3人でした。それが今では7人の大所帯になりました。スペイン語履修を希望する学生が増えたのは嬉しい限りですが、一方で単に「楽らしい」という勘違いをしてきた人も多いようです。才気煥発で要領も良くコスパ重視の今どきの学生に、語学学習という地道な努力を要するものを強いるのはそれなりに大変で、アメとムチの硬軟取り混ぜた授業をやってきました。学生との丁々発止のやり取りはエネルギーを要しますが、振り返ってみると楽しかったです。こちらの若さを保つ秘訣かもしれません。
卒業後、スペインやラテンアメリカ世界と関係をもつ学生というのはそれほど多くないでしょう。それだけに、地域研究(スペイン事情)の授業では、アメリカや英仏独など主要国とは異なる文化や歴史、価値観をもつスペインの個性的な魅力を私なりに伝えようとしてきました。国と地域との関係性、王室・王位継承に対する考え方、憲法や政治参加の仕方などについて、日本とスペインとを比較しつつ、普段われわれが当たり前と思っている考えや発想を一度突き放してみる、こうした相対化の座標を自分のなかにもつということ、これは地域研究の意義の一つだと思います。こうした姿勢は卒業後も忘れてほしくないです。
その後、ここ数年は絵画を取り上げてきました。なんといってもベラスケスやゴヤ、ピカソなどの巨匠を生み、また中世700年にわたるイスラム統治の下で生み出された素晴らしい文化遺産を有するスペインですから、これを使わない手はありません。美術鑑賞を通してその背景にある社会の価値観や宗教観、社会通念を学ぶという触れ込みのせいか、文、商、医、薬、SFCなど経済学部以外からも幅広く学生が参加してくれました。絵が好きという私の趣味もあって、授業の準備はまったく苦になりませんでした。
慶應に職を得たことは、研究面でも様々な影響を与えてくれました。私はスペイン近現代史、特にカタルーニャ史を専門にしています。カタルーニャはスペイン近代における「中央と地域」との対抗関係で論じられることが多いのですが、そこにキューバという植民地の視点を組みこむことができたのも、慶應のラテンアメリカ関係の同僚たちと接する機会が増えたおかげです。カタルーニャとカリブ海との間に多様に張り巡らされた人や資本のネットワークの重要性は、スペインという「帝国」や「国民国家」を考える上で欠かすことのできない視点だと思います。昨年、日吉の同僚たちとスペイン20世紀に関する本を出版できたことも、退職前の良い思い出となりました。スペインやラテンアメリカの研究者がこれだけ揃っている大学キャンパスは珍しく、これからも切磋琢磨しながらスペイン語文化圏の魅力を発信していってもらいたいと願っています。
最後に、学生の気質でちょっと気になることがあります。コロナ禍後、授業を早々に諦めてしまう学生が増えたような気がします。そんなに出来が悪いわけでもないのに、もう少し頑張れば単位が取れるのに、授業に対する粘りがなくなったのか、なんの前触れもなくある日ふっと来なくなるのです。オンライン授業の影響でしょうか。こちらとしては「どうして?」と首をかしげるばかりなのですが、学生とのコミュニケーションの大切さを改めて感じます。
プロフィール
1982年 |
早稲田大学政治経済学部卒業 |
1984年 |
東京大学大学院社会学研究科国際関係論修士課程修了 |
1985~88年 |
スペイン留学(バルセロナ自治大学文学部:博士課程在籍) |
1989~91年 |
外務省専門調査員として在スペイン日本大使館勤務 |
1992年 |
東京大学大学院総合文化研究科国際関係論博士課程修了(単位取得) |
1998年 |
博士号取得(東京大学:学術博士) |
2001~2003年 |
慶應義塾大学文学部助教授(有期) |
2003年 |
慶應義塾大学経済学部准教授 |
2012年より現職 慶應義塾大学経済学部教授 |