教授
中西 聡
近世・近代日本社会経済史
幕末・維新期を知りたくて始めた「趣味の研究」が高じて学問の世界へ
研究テーマとその出会い
幕末維新の動乱を読み解くうちに、勝者の薩摩・長州の側よりもむしろ 敗者の徳川幕府の側に親しみをもち、特に徳川幕府の側で箱館まで逃れて「官軍」に最後まで抵抗を続けた榎本武揚に興味をもちました。その興味は、箱館戦争よりもむしろ官軍に降伏した後に、榎本武揚がどのような生き方をしたかに向けられ、彼が降伏後の投獄生活のなかで猛勉強を続け、釈放後は開拓使に出仕して北海道開拓のために力を尽くしたことから、近代日本における北海道の研究を志しました。そして明治期の北海道の産業のなかで漁業が圧倒的比重を占めていたことから、そこでの代表的な漁業生産物である魚肥へと研究対象が定まり、その北海道産魚肥がどのようにして本州・四国へ運ばれたかに興味をもち、主要な研究テーマである北前船と出会いました。
研究テーマの魅力、面白さ
北前船とは、19世紀に日本海沿岸航路で活躍した商人船主の船のことですが、北前船主は、大海運会社を作るほどにはならなかったものの、互いに合従連衡して、巨大商社の三井物産に対抗して、三井物産を国内の北海道産魚肥市場から撤退させることに成功しました。また、彼らは各地の地方資産家として、日本各地の産業化に多様な側面で貢献しました。もっともその貢献の方向性は、東京・大阪の資産家のように、製造会社を積極的に設立させるものではなかったため、北前船主を輩出した北陸地方は、関東・関西圏に比べて工業化に遅れをとりましたが、それが逆に自然環境を維持しつつ、ゆるやかな経済成長をもたらすことになり、東京・大阪とは質の異なる「豊かさ」を北陸地方に提供しました。このように時代の変遷とともに、多様な評価が可能になることが、歴史研究の醍醐味と言えます。
学生へのメッセージ
人生にはいろいろな意味で、勝負の局面があると思います。しかし、勝ち負けを短期的視野で判断するのではなく、長期的視野で人生を評価して下さい。その際、大切なことは人事を尽くして天命を待つことです。本当に人事を尽くせば、どのような結果であれ、受け入れられるように思います。そして、もし自分が敗者となったと感じた時も、そこであきらめずに、さらに努力を続けて下さい。そうすれば、いつか必ずその努力は報われます。降伏後の榎本武揚が、断罪を覚悟しながら牢内学習を続けたように。
(2013年12月取材)
※プロフィール・職位は取材当時のものです。
プロフィール
東京大学大学院経済学研究科博士課程を単位取得退学後、東京大学社会科学研究所助手、北海道大学経済学部助教授、名古屋大学大学院経済学研究科教授、などを経て、現在慶應義塾大学経済学部教授、博士(経済学)。 |