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教員インタビュー
川俣 雅弘 写真1

教授 川俣 雅弘
経済学史

時代の流れとともに歩んだ研究者人生

経済学部での教員生活の思い出について

私は経済学部で経済学史を担当しましたが,そのこと自体が私の教員生活でもっとも価値のあることでした。経済学史を研究していても,それを講義科目として担当できる人はけっして多くはないからです。私自身は,大学に入るまで理系だったこともあり,経済学になじめず,そもそも経済学と称している諸理論がなぜ学問として成立しているのかということに疑問をもったことがきっかけとなり,現代の主流派経済学に連なる理論の歴史に関心をもって研究してきました。経済学部で通史を担当できたことで,研究を始めた頃にもっていた諸問題をそれなりに解決することができ,研究については思い残すことはありません。

私が大学に入学した頃,1970年代には科学史研究にもとづいて科学方法論を革新したトマス・クーンによる科学革命の方法論の影響が経済学史研究に及んできました。科学はパラダイム転換である科学革命によって進歩するという考え方です。経済学史では,いわゆる限界革命と呼ばれる1870年代の経済学の進展がクーンの意味での科学革命か否かというテーマについて,イタリアロンバルディア州コモ湖畔のベッラージョで開催された国際会議で議論されました。クーンの方法論にもとづいて経済学の歴史を再考するという作業は当時の流行ともいえる研究で,かれのパラダイム概念は瞬く間に普及し,多くの研究者を惹きつけました。私の世代には経済学史研究者が比較的多いのですが,その主因としてこういう背景があります。

ところで,専門分野の研究は未知の知見を発見することや発明という新しいフローの研究成果を生み出すことに意義があります。ところが,経済学史はある意味成熟した分野であり,フローの研究成果を生産するとともに,蓄積された研究成果のストックを整理することがとても重要です。そのため,普通の専門科目では講義内容が担当者の専門分野と大きく異なることはありませんが,経済学の通史を文字通りに講義しようとすると,講義内容の7割くらいはそれまで研究したことのない諸学説について講義しなければなりません。私の場合,経済理論の講義ノートは3年目には完成しましたが,経済学史では意図する通りの講義を行い,その内容を教科書として出版するまでに8年かかりました。

因みに,私が大学に入学したばかりの1977年経済学史を担当されていた遊部久藏先生が急逝され,飯田裕泰先生が引き継がれましたが,経済学史を突然講義するのはとても無理なので,その際の対応にはご苦労された,というエピソードを後に伺いました。私の場合には,IT技術がかなり進歩しておりましたので,未知の知識については話すべき内容をさまざまな資料からスキャンし,OCRでテキスト化して編集して講義資料を作成しました。授業では,その資料を配布して,資料の解説をすることで切り抜けました。振り返ってみると,私が教員生活を過ごした34年間はIT実用化の恩恵を受け続けました。最近の,新型コロナ禍のもとでのオンライン授業は,学生の皆さんにはとても気の毒でしたが,リモートでの利便性を経験できて勉強になりました。

私の研究テーマは主流派経済理論の歴史ですので,歴史上の曖昧な理論を現代理論にもとづいて形式的に解釈することは研究上の重要なステップです。ところが,経済学という学問が制度化されるにしたがって,研究論文の公刊には研究内容を形式的に表現すること,その動機や意義を明記すること,参照すべき先行研究の調査を徹底することなどが必要になりました。理論が制度化・形式化されると,ある意味,経済理論の展開自体は明白になり,それを説明する必要性は著しく低下します。そのため,現在の経済学史研究では,主流派以外の諸学説,経済学と社会科学の諸分野や研究環境との関連など,ある意味副次的なテーマに関心が移っています。これも経済学史という学問が成熟し,知見が蓄積された結果です。

実は,私が大学に入学した頃から,経済学でもビッグデータが形成され,それにもとづく実証的な研究が進み,経験的に根拠のある議論が積み重ねられるようになりました。実験経済学や行動経済学など,経験的な証拠に根ざした研究が進み,経済理論もマーケット・デザインの理論のように研究成果が直接社会に実装されて,役立つ分野が増えています。大学入学当時の私でも現在の経済学には学問として疑問を抱くことはほとんどないでしょう。私の研究も潮時といえます。

プロフィール

川俣 雅弘 写真2

1980年

慶應義塾大学経済学部卒業

1982

慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了

1989

慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学
法政大学社会学部専任講師

1991

法政大学社会学部助教授

1998

法政大学社会学部教授

2010

博士(経済学) 慶應義塾大学

2011年より現職

※プロフィール・職位は取材当時のものです

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