慶應義塾大学経済学部・大学院経済学研究科 タイトルロゴ - HOMEへリンクKeio University  Faculty of Economics, Graduate School of Economics Title LOGO - Link to HOME
慶應義塾大学 経済研究所 Webサイトへリンク PEARL Webサイトへリンク
Menu

HOME > 慶應経済について > 教員インタビュー > 細田 衛士

教員インタビュー
細田 衛士 写真1

教授 細田 衛士
環境経済学

独立自尊の気風の中での自由な研究・教育

私の専攻は環境経済学、その中でも特に資源の循環利用に関わる諸問題が主要なテーマです。わかりやすい言葉で言うなら、廃棄物処理とリサイクルの経済学が専門領域です。講義も三田では『環境経済論』と『廃棄と汚染の経済学』を一年交代で行ってきました。また、日吉では『経済と環境』を毎年担当しました。

今となっては『環境経済論』や『廃棄と汚染の経済学』という科目が大学の講義としておかれることは至極もっともなことで誰も驚きはしないでしょうが、こうした科目ができた当時は極めて画期的なことなのでした。そもそも私が義塾に助手として採用された1980年代、そのような科目は経済学部のカリキュラムにありませんでした。ですので、私は環境経済学の担当教員として採用されたわけではありません。

当時、環境経済学と言えばようやく世界の片隅で認知され始めたくらいで、日本では全く耳慣れない言葉でした。「環境経済学って何ですか?」とよく聞かれたものです。それが1992年の国連地球環境会議、いわゆる地球サミットで地球環境問題が脚光を浴びるようになると、がぜん環境の経済分析の必要性が認識され始めたのです。そして世界の主要大学で環境経済学の講義が置かれるようになったのでした。

義塾もこの流れに乗り遅れませんでした。日本の大学の中でもいち早く環境経済学をカリキュラムの中に取り入れたのです。また総合教育科目の中にも『経済と環境』という講義を取り入れ、経済と環境の関わりについて基礎的な教育を行うことにしました。

この間のカリキュラム改革の流れは非常に早く、図らずも改革の中心に置かれた身にとって驚くばかりでした。通常、学部の中でカリキュラムを変えるというのは大騒動で、議論百出。侃々諤々の議論が続き、何か決まればそれでも良い方で、何も決まらずに終わってしまうといこともざらにあったくらいです。それにも関わらず、環境経済学を経済学の新しい一分野として認め、関連の講義を設置した経済学部の感度の良さ、伸縮性には驚くべきものがありました。

そもそも私は環境問題とは縁もゆかりもない研究をしていたものです。大学に残った当時は経済学方法論とか多部門経済分析をテーマに研究をしておりました。確かに、1985年英国留学から帰ってからは環境問題をかなり真剣に勉強してきましたが、それでも環境経済学の新参者、その若い研究者に環境経済学関連の科目を担当させるというのですから、学部の決断は大胆で、私にとっても驚きでした。経済学部に自由なものの考え方、自由な学風があらばこそこのようなことが可能になったのだと思います。

お陰で、私は環境経済学の基礎理論、制度的側面、政策論をきっちり研究・教育することができました。運よく東京海上火災株式会社(当時の名称)から寛大な教育・研究助成金も得ることができ、研究のネットワークが格段に広がりました。牛歩のような歩みですが、それでも研究の成果を国際専門誌や著書の形で世に問うてきました。

そして1995年には、京都大学の植田和弘氏、一橋大学の寺西俊一氏、北海道大学の吉田文和氏など、この道の先達とともに「環境経済・政策学会」を立ち上げ、環境経済学の研究・教育のネットワーク作りにも貢献することができました。今ではこの学会の運営は若い研究者に引き継がれ、ますます活況を呈しております。

ささやかではありますが、こうした環境経済学の研究・教育に貢献ができたのも、義塾の独立自尊の自由な学風があったからだと心から感謝しております。この感謝の思いを忘れず、新たな研究・教育の道を歩んで参りたいと思っております。

(2018年12月取材)

プロフィール

細田 衛士 写真2
    

1977年

慶應義塾大学経済学部卒業

1980年

慶應義塾大学経済学部助手

1982年

慶應義塾大学大学院経済学研究科博士前期課程修了

1987年

慶應義塾大学経済学部助教授

1994年

慶應義塾大学経済学部教授

2001年

慶應義塾大学経済学部長(2005年まで)

※プロフィール・職位は取材当時のものです

To Page Top