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教員インタビュー
宮内 環 写真1

教授 宮内 環
統計学
労働市場の数量的分析

自由と「サイヤンス」の気風の中で

私は1988年に経済学部大学助手として採用されて以来、32年に渡って、三田の豊かな研究環境の中で研究教育活動を続けることができました。このことは、私にとって奇跡とも呼べるほどの素晴らしい経験でした。ここには何よりも研究教育活動における自由と、「虚学」に対峙する実証的学問たる「実学」を意味する「サイヤンス」の気風が溢れています。この気風は開塾以来、脈々と受け継がれたものであって、その気風の中で先人達が切り開いた輝かしい豊かな研究成果の蓄積がここにあります。特定の研究や教育をことさら奨励または妨げようとする雰囲気は一切ありませんでした。当初私は、こうした気風の大切さを意識することは余りありませんでした。しかし、いつの頃からかこの気風の大切さとその結果としての豊かな研究蓄積に対する誇りを強く感じるようになり、普段の研究教育活動においてもこのフレーバーをそこに込めたいと願うようになりました。

ある時、『文明論之概略』を手にとって読んだとき、こうした気風を重んじるこの学塾における精神の由来を知るとともに、この学塾に限らずこの社会に属する私たち全員が文明へ向かうべき指針がそこに明らかにされていることを知りました。言い換えれば『文明論之概略』に書かれたその内容とは、私たちがこの学塾に属するが故に理解すべきものであるという意味づけを超えて、広く社会全体が共有して思考や行動の指針とすべきであることを知りました。本書の第二章には、野蛮の社会との比較において文明社会の有様を記述して「天地間の事物を規則の内に籠絡すれども、その内に在て自ら活動を逞しうし」と述べた部分があります。これは自然や社会の振舞い、人の考えや行動について観察されるすべての現象について「法則性」を見出し、その法則性を用いて対象をよりよい方向に導こうと考え活動する文明社会における人々の姿を叙述したものです。文明社会の彼らはそのような「サイヤンス」に基づく学問への敬意を共有する人々です。本書では更に「人智は既に今日に用いてその幾分を余し、以って後日の謀を為すものの如し。」と結んでいます。即ち今日の問題には役に立たず、いつ役に立つか分からない内容の「サイヤンス」に基づく学問であっても、未来に起こるかもしれない問題のために今日から準備をしておく、という意味です。この精神が研究教育活動における「自由」の気風に繋がっていると理解できます。

この自由と「サイヤンス」の気風なくして、おそらく私自身の研究は成り立ち得ませんでした。私は1987年ころから自身のライフワークとして始めた研究があります。その研究内容は、夫婦間の就労選択が相互の効用水準に影響を与える夫婦家計の労働供給の確率モデルの構築でした。このモデルには乗り越えねばならない重大な問題がありました。それは、複数のナッシュ均衡が成立する場合があり、この場合の夫婦各々の就業・非就業に関するモデルの複数の解と、この観測事実との間に一対一の対応がつけられない場合が生じる、という問題でした。夫婦各々の効用関数は序数的ですので合計利得を最大化する、という協力ゲーム理論の適用も困難でした。この理由で、厳しい批判にさらされたこともありましたが、一方でこの研究を「見たことがない。」と表現して高い関心を示し、一貫して助言と励ましをくださった指導教授、先輩や同僚の研究者にも恵まれたことは本当に幸運でした。残念ながらこの問題解決への有効な道筋はまだ見出せていませんが、今後もこの研究を続けるつもりでいます。今、退職を目前にしてもなお、このように思えるのは、このような異端的な研究に対しても感心を寄せる自由と「サイヤンス」の気風を共有する研究者集団がこの学塾において形成されているからだと強く感じます。

ある時、三田の旧図書館前を一緒に歩いていた名誉教授が「三田にいるとお寺にいるように心が洗われるね。世俗から離れて心が澄んでくる。」と仰ったことがありました。この頃私も同様に感じます。豊かな研究蓄積に裏打ちされたこの学塾の伝統を築いた先人の精神を感じ取ることができます。今後もこの学塾がその研究蓄積をより発展させてゆくことを切に願っています。

(2019年12月取材)

プロフィール

宮内 環 写真2
         

1984年

慶應義塾大学経済学部卒業

1987年

慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了

1990年

慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学

慶應義塾大学経済学部助手を経て1993年より現職

※プロフィール・職位は取材当時のものです

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