
准教授
隠岐 理貴
哲学、政治思想史
あなたなりの仕方で大学と出会ってください
研究テーマとその出会い
古来哲学者は、〈人間〉という動物と〈政治〉という営みの間には切っても切れない関係があると考えてきました。「〈人間〉とは何か?」という問いに対しては、「〈政治〉を行うための能力=言語をもった動物である」というのが一つの答えになる、と。私は18世紀ドイツの哲学者イマヌエル・カントがどの程度この発想の影響下にあるかについて研究してきました。この視点から読むことで、彼が古代の理想、すなわち「同胞市民とともに〈善く〉生きるためのルール作りに参与することで、人間は真に人間となる」という発想を継承しつつも、そのための制度や思考枠組みの近代的アップデートに取り組んだ人であることが次第に見えてきました。
私は入学当初、大学の授業を面白いと思えず、授業をサボって当時暮らしていた学生寮の運営にのめり込んでいました。そこで色んな人と昼夜を問わず語り合うことの方が遥かに興味深く、楽しく思えていたのです。しかし、三年生になり、そんな私でも温かく受け入れてくださった政治思想のゼミがはじまり、そこで出会った哲学書(プラトンの『国家』は特に印象的でした)は、その頃自分が友人たちと語り合いはじめていた事柄についての衝撃的な強度の思考の軌跡でした。そこでようやく「大学」というものとも出会えた気がしました。
研究テーマの魅力、面白さ
およそ「古典」というものは、その時に自分が理解したい事柄について考えようとして開いてみるたび、遥かな時間的隔たりを飛び越え、信じられないほどのライヴ感で思考を触発するものです。それは誇張抜きで「シビれる」経験です。私の研究は、そんな超時空スタンガン(?)のような過去の哲学者たちとの対話の試みであり、これまで書いてきたものはその記録です。遥か過去の友人のような存在である彼らとの間で生じるグルーヴを感じてもらえるようなものをこそ、書き続けたいと思っております。
学生へのメッセージ
大学の授業で学ぶことの多くは、最初はどのような形で自分自身の生活と関係しているのかを実感しづらいものです。教壇で話している人がどこか遠くの、自分とは関係ない世界の存在に見えている方も少なくないかも知れません。少なくとも私自身は、大学の最初の二年ほどはそう感じておりました。今にして思えば、その頃はまだ心から好きだと言える「何か」を探している最中でした。その「何か」の内容に関しては言わずもがな、それを見つけるタイミングに関しても、著しく個人差があるものです。今は日々の暮らしの中で、自分の心の声をよく聞くようにしてください。あなたが求めているその「何か」の輪郭が見えてきた時、あなたの中で大学という場所は大化けします。世界中の無数の先人にとってそういう場所であったからこそ、大学は存在し続けてきたのです。
ちなみに、もしも心を開いて話せるあなたの友人たちの中に、何かについて、ちょっと難しい言葉を織り交ぜながら、目を輝かせて語りはじめている人が一人でもいるのなら、その人との語らいの中に、あなた自身にとっての「何か」のヒントも隠れているはずです。そんな友人との出会いを、どうか大切に。
プロフィール

2005年 |
早稲田大学政治経済学部政治学科卒業 |
2008年 |
早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了 |
2010~2012年 |
日本学術振興会特別研究員(DC) |
2012~2015年 |
早稲田大学政治経済学術院助手 |
2015~2018年 |
日本学術振興会特別研究員(PD) |
2016年 |
テュービンゲン大学哲学部博士課程修了、Dr. phil. |
テュービンゲン大学哲学部、名古屋外国語大学世界教養学部、青山学院大学国際政治経済学部、成城大学共通教育研究センター他での非常勤講師を経て、2025年度より現職 |
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