
教授
植田 浩史
中小企業、日本経済史、日本経営史
ゼミの思い出と合宿での地域の「美味」
経済学部での教員生活の思い出について
慶應義塾赴任前に勤めていた大阪市立大学では、経済研究所に13年、社会人大学院に4年在籍していました。そのため、直接大学生と接する機会は少なく、40代半ばに慶應義塾に移って初めて学生のゼミを持ちました。私自身の学部生時代はゼミ生3人という小規模ゼミだったので、いきなり10人以上のゼミ生を抱え、ゼミの運営、学生との距離感など、戸惑いながらのスタートでした。リスキーな新設ゼミを希望した1期生は、それぞれゼミに対する思いがあり、個性的で楽しいメンバーが集まっていました。
ゼミでは、現実の企業、産業、地域から学んでいきます、としたことから応募者も増え、多いときは70名を超え、入ゼミも大変でした。経済学部で学ぶ「経済学」を、現実の企業、産業、地域ともっと密接にかかわらせていきたい、と考えている学生が多いからなのでは、と勝手に好意的に解釈してきました。それだけに、ゼミで勉強したいという学生の希望に応えたいが、現実には対応人数に限りがあるのでどうしてもお断りする人が多くなることへのジレンマには悩みました。また、多い年には1学年30名近くの学生を受け入れたため、名前を覚えるのが大変でした。週に一回のペースではとても覚えられないので、入ゼミ願書で何度も予習して、ゼミに臨んだこともありました。
ゼミでは、コロナまでは毎年、私が関係した地域の産業や企業を訪問し、調査するという夏合宿を行ってきました。学生が旅行などでよく訪れる場所とは全く異なり、ゼミ合宿で初めて訪問するという場所がほとんどでした。合宿参加人数が多いので数名のグループに分け、それぞれの訪問先(企業、金融機関、役所、団体など)については事前にある程度私の方で用意し、訪問先に対して事前の情報収集を学生に行わせてきました。訪問先の依頼など、それぞれの地域の人たちの協力を得ながらの準備や、学生だけで訪問する場合も多いので、失礼のないようにあらかじめの連絡など、結構な手間を取りました。最近は学生の出身も南関東が多く、大都市部ではない地方の実態について知らない、あまり考えたことがない、という学生が増えているだけに、学生の間に多少とも地方の現状を肌で感じ、話を直接聞いてほしいということから、2泊3日のゼミ合宿にはいろいろと詰め込みました。
特に、それぞれの地域でそれぞれの美味をいただく、については意識的に取り込みました。ゼミ合宿では北海道に行くことが多かったのですが、学生は「カニの北海道」イメージが圧倒的でした。そこであえて北海道合宿ではカニを食べないとし、内陸部である十勝での合宿では地元の野菜と肉をメインにしました。それまで羊肉がダメ、と言っていた学生が帯広のジンギスカン屋で初めて羊肉がおいしかった、と言ってくれました。十勝・芽室では、地元の牛と野菜を提供する地元の人たちが経営する焼肉屋さんで、地域の思いをかみしめながら、東京では考えられない値段でおいしい焼肉を堪能しました。
函館では、朝の6時から魚市場のセリを見学し、その後市場の食堂でその日に獲れたばかりの透明なイカ刺しで朝ご飯を、別の年の岩内の温泉旅館ではお話を伺ったあと、積丹のウニと筋子をたっぷり使った昼食をいただき、大喜びでした。それぞれの地域で地域の自然、人やその思いを感じながら、地域の美味をいただくというのは、本だけでは学ぶことができない貴重な勉強だと私は思っています。合宿で、多少ともそうした機会を学生たちと共有できたことは、私としても大変貴重な思い出となっています。
合宿に参加した学生たちが、何かの機会に、地域ではそれぞれに美味があること、それは地域の自然やそこに生きる人たちによって支えられていること、について思いをはせてもらえれば、と思っています。
プロフィール

1984年3月 |
東京大学経済学部卒業 |
1989年3月 |
東京大学大学院経済学研究科第2種博士課程単位取得退学 |
1989年4月 |
大阪市立大学経済研究所助手、講師、助教授を経て |
2002年4月 |
大阪市立大学大学院創造都市研究科助教授、教授を経て |
2006年4月 |
慶應義塾大学経済学部教授 |
2026年3月 |
慶應義塾大学定年退職 |
この間2005年10月 博士(経済学)東京大学 |
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