教授
赤林 英夫
教育経済学、家族の経済学、労働経済学
すべての子どもと若者に機会の均等を
伝統的経済学の殻を破って家庭と教育の関係性に迫る
最近、経済格差の拡大の懸念と学校制度への不信を背景に、日本のみならず多くの先進国で、家庭が子どもの教育にお金をかけることに熱心になってきました。
経済学は、教育を『投資』と見なし、かけるコストと見返りとなるリターンを踏まえて教育をすべきだと考えてきました。それが教育経済学の出発点です。コストを払える家庭のみが教育投資を行うことができることから、家庭の経済格差が教育格差に繋がることも懸念され、多くの国で、政府による低所得家庭の子どもへの金銭的支援などもなされています。
しかし、子どもにお金をかければ、教育の成果は出るのでしょうか?
実際、お金を払って塾に行かせて「勉強しなさい」と言っても、「そんな勉強何の役に立つの」「ぼく勉強したくない」と言われたら、それで終わってしまいます。
そもそも、家庭には、子どもの教育にお金を使う以外の役割があるはずです。親の役割とは何か、家庭では何が起こっているのか、それらがわからないと、教育と家庭の関係はつかめません。しかし、親子関係などという曖昧なものは、既存の教育経済学の枠組みでは捉えることができませんでした。
私たちの研究グループでは、教育経済学、家族の経済学の研究に、社会学や心理学の研究成果、すなわち行動経済学的な視点を加えるように努力しています。これは、世界的な研究の潮流となっており、私たちも、問題意識を共有する研究者と、国や分野を超えて共同研究活動を行っています。
グローバルとローカルの視点の重要性
特にこの10年、私は、グローバルとローカルの両方の視点で研究を進めてきました。
グローバルとは日本を海外の国と比較しつつ研究を行うことですが、そもそも、家庭教育に関して、国際的に比較可能な子どもの追跡データが日本になかったため、データ収集から始めました。私たちは、2010年より、全国の小学1年生から中学3年生の子どもたちを対象に、アンケートと学力テストを行い、「日本子どもパネル調査」として研究者に公開してきました。それを通じて、欧米や中国の研究者と共同で、家庭と子どもの教育の関係についての比較研究を実施しています。
ローカルの視点では、日本の家庭を対象にした実験も進めています。どういう条件が揃ったら、子どもは勉強しようと思うのか?どういう状況であればお小遣いが欲しいと思うのか?親の言動や家庭背景が、子どもの行動にどんな影響を与えるのか?これらの問いに対し、既存の経済学は明確な答えを出していませんでしたが、私は経済実験的アプローチで解明を試みています。この取り組みは、世界的に見ても珍しいです。
私は2017年に、慶應義塾大学経済研究所に外部資金に基づいた「こどもの機会均等研究センター」を設置し、内外の研究者や団体と連携しながら、調査への協力者に学術研究への理解を求め、研究成果を発信するプラットフォームとして活用しています。これからも、理論、データ、実験等のあらゆる手法やアプローチを駆使し、国際的視野を持ち、家庭や社会が子どもへの教育と次世代に与える影響の謎に迫っていきたいと考えています。
学生へのメッセージ
学生の皆さんにとって、家族とはもっとも身近な経済主体であり、教育とは最も身近な経済活動です。しかし、社会におけるそれらの意味を考え、解明するためには、経済理論の深い理解、データを見て分析する能力、そして社会の現実を国際的視野で解釈することが必要で、実は簡単なことではありません。関心のある人には、是非この分野に飛び込んで欲しいと思っていますし、その過程で学んだ素養は、社会のどのような場所でも有益となるでしょう。
いずれにしても、学生には、目先の流行にとらわれずに、自分が勉強したい課題、追求したいテーマに身を投じてほしいです。うわべの勉強でつけた知識はすぐに陳腐化しますが、本気で取り組んだ結果得られるスキルは一生の財産になります。大学は、皆さんが社会に出る前に、真に自由に知的活動が可能な場所です。是非、大学でしかできない勉強やテーマに取り組んで欲しいと思います。
(2021年12月掲載)
プロフィール
1988年 |
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修士課程修了 |
1988-90年 |
通商産業省 係員・係長 |
1996年 |
シカゴ大学経済学部博士課程修了 |
1995-96年 |
マイアミ大学ビジネススクール経済学科 客員講師 |
1996-97年 |
世界銀行 コンサルタントエコノミスト |
1997-2006年 |
慶應義塾大学経済学部 助教授 |
2006年-現在 |
慶應義塾大学経済学部 教授 |
2010年 |
株式会社ガッコム創業・代表取締役社長(2017年より代表取締役会長) |
2017年-現在 |
慶應義塾大学経済研究所こどもの機会均等研究センター長 |
※プロフィール・職位は掲載当時のものです |