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教員インタビュー
大垣 昌夫 写真1

教授 大垣 昌夫
行動経済学、マクロ経済学

市場経済の弱点を補う新しい共同体メカニズム

市場メカニズムの限界

高度経済成長期の前の日本に比べて今の日本は「豊か」なはずですが、今の社会は生きづらいと感じている人も多いようです。「豊かさ」とは何か、経済発展と成長が進んだ社会に適した社会の仕組みとはどのようなものでしょうか。
人間の営みを支えて世の中を動かしている仕組みとして、市場、権力、共同体の3つメカニズムがあると考えられます。これらのメカニズムをどれかひとつが最善ということではなく、どのように3つを組み合わせていくべきかは、時代や国の状況によって違ってくると思われます。今の日本にあった組み合わせを考えることで、本当に豊かな未来に向かっていく助けになるのかもしれません。
市場は物やサービスを売買するために価格を決め、需要と供給をうまく調整してくれるメカニズムです。その、うまい調整能力を指した「神の見えざる手」という言葉がありますが、市場は基本的に自由で多くの面で平等であり、民主主義的であるとも言えます。しかし、この市場メカニズムにも「弱点」があります。
経済発展と経済成長が進むと、少子高齢化が日本だけでなく多くの国々で始まりますが、高齢者の中には認知症を発症する方もおられますし、そうでなくとも高齢化すると自然に認知能力は衰えていき、市場メカニズムを一人で活用することが難しくなってきます。また、男女共同参画が進むと、一人では市場メカニズムを活用することが難しい子どもたちのための保育サービスの重要性が増します。経済発展が進んで少子高齢化の時代になると一人では市場メカニズムを活用できない弱者が多くなる為、市場メカニズムのみに頼るわけにはいかなくなってくるでしょう。
権力メカニズムとは、警察や司法等の制度によって、税金の支払い等の協力を強制できるメカニズムです。しかし、日本はもちろん海外の先進国では、社会保障や医療費に多額なお金がかかっているのが現状です。少子高齢化に拍車がかかる今後は、さらに莫大な予算がかかってしまうと予想されます。だからこそ今、第三の選択肢である『共同体メカニズム』に期待がかかっているのです。

弱者に優しい新しい共同体メカニズム

例えば今のように経済大国ではなかった、かつての日本では、向こう三軒両隣のような共同体メカニズムが機能していました。高度経済成長期には、市場メカニズムが重要性を増していき共同体メカニズムの重要性が減少しましたが、孤立することの危険性が増す今後は共同体メカニズムを再び活性化していくことで弱者に優しい社会を構築していけると考えます。しかし共同体メカニズムにも長所と短所があるので、昔の共同体にそのまま戻ることが今の時代に望ましいとは思えません。しかし、みんなで新しい共同体メカニズムを考えて、上手に活用していくこと、そのための仕組みを新たに構築していくことが可能であると思います。
共同体メカニズムの基本は、Win-Win の関係にあると考えられます。当初は信頼や思いやりやお互い様の気持ちがなくとも、市場メカニズムの取引ではない協力が提供されて、それが拒否されなければ共同体メカニズムが始まっていきます。例えば自分の子供であったとしても、その時々の事情や状況、環境等により、全ての新生児を心底可愛いと思えない場合もありますが、養育していく中で互いの信頼や思いやりが深まり、共同体メカニズムがより活発に働くようになっていくことも多いと思われます。
このような考えから、私は共同研究者達と「行動経済学」の研究を進めています。言い換えれば、これは「人間を調べる経済学」です。研究の根幹をなしているのは、実験とアンケート調査です。例えば、個人の信頼や利他性の程度を測る実験とアンケートを組み合わせた調査をインターネット上で行っています。特に個人追跡データを収集することで、信頼や利他性がどのように変化していくかを調べています。これらの研究から、市場の競争には参加できず、公共のセーフティネットでも救済しきれない高齢者や子どもたちのために、新しい共同体メカニズムが活発に働く、真に優しい社会の実現へと、少しでも貢献させていただければ幸いです。

学生へのメッセージ

慶應義塾はさまざまな分野で多くのリーダーを輩出してきました。共同体メカニズムの活用のために重要になっていくのは、リーダーがメンバーに共同体のビジョンを明確にし、メンバー一人一人が共同体に貢献できるように支えるサーバント・リーダーシップだと考えられます。行動経済学に関連の深い「幸福の経済学」では、物質的な豊かさよりも、共同体や社会に貢献することからの充実感が幸福のために重要とする研究があります。皆さんが共同体に貢献する充実感が増していくような影響を、多くの人々に与えられますように祈念いたします。

(2021年12月掲載)

プロフィール

大垣 昌夫 写真2

1984年

大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了

1988年

シカゴ大学経済学部博士課程修了

1988‐94年

ロチェスター大学経済学部助教授

オハイオ州立大学助教授、准教授、教授を経て2009年より現職

2015‐17年

行動経済学会会長

2019年‐現在

慶應義塾大学経済研究所 共同体メカニズム研究センター センター長

2021年‐現在

日本経済学会会長

※プロフィール・職位は掲載当時のものです

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